最近ふと思ったのが、漫画によるエッセイやコラムみたいなのがかなり増えたなーと。昔と違って連載を持ったり、そのテーマで1冊単行本を作ったりしなくても、ひとネタでSNSやブログに掲載できますからね。もちろん名の通った漫画家でなくとも、ある程度の画力と構成力がある方なら問題ないわけです。特に画像系のSNSが主流になりつつある今はその流れも加速していきそうなほどです。で、自分はこれちょっと危なっかしい面もあるなー、と感じているんですよね。

漫画が駄目とかいう話ではないです。むろん自分も漫画は好きですし、漫画になることによってわかりやすくなるというのは大きなメリットです。ただその「メリット」が諸刃の剣でもあるなと思うんです。

なぜかといえば、漫画の出来とわかりやすさ、それらと主張の善し悪しが別物だからです。確かに漫画で主張や問題提起されるとわかりやすいです。でも彼・彼女らの大半は絵が上手いだけであってコラムニストや記者としてプロフェッショナルではありません。またそれどころか偏った思想の持ち主であったり、非常に手前勝手な考えの持ち主であることすらあり得ます。

とはいえ彼・彼女らとて「これが至極まっとうな意見だ」とばかり考えているわけではありません。あくまで私的な意見として描いている方も多いでしょう(その一方で独善的に「これが正しい!」という考えの持ち主もいるでしょうけど)。ただそういったひとつの私的な意見が「漫画にすることによるわかりやすさ」を経ることによって、ある種の説得力みたいなものを持ちやすいんですね。これが危ない。主張におけるそのロジックの成り立ちがわかりやすく語られることはもちろん、なにか「一般論としてこうだ」と見せることが可能なフシもあったりします。

もちろん、それを見たからといって、その主張の本質を読み解いて良い意見かそうでないかを判断するのは自分自身です。ただ若い人などで感化されやすかったり考え方の軸がしっかりしていない場合だと、単なる文字のメディアと比較して鵜呑みにしやすいんじゃないかと危惧しているわけです。実際、自分的にはわりと偏った一方的な主張だったり稚拙な理屈だと思えるものが「SNSで話題」だとか「共感」として持ち上げられていることが少なくありません。それもこれも漫画だから話題になりやすく、かつ主張に対する評価が甘くなってるんじゃないのかなと。

それこそ誰の意見が正しくてどれが間違ってるとか、あくまで各個人が決めることではあります。しかしそれを差し引いても漫画が描けるというだけでそちらの主張ばかりが市民権を得やすいというのは健全な状態とはいえません。だからといって表現するのは個人の自由ですし、どうしろというハナシではあるんですが、もう少し見る側が判断する力をつける必要があるのかなとは思います。